立花月夜の脳みそ

現実と幻想のあいだで、思考を遊ばせる場所。

所得の半分が消える社会で、“子育ては自己責任”という幻想を押しつける政府

 所得の半分が税金と社会保険料で消えていく。 それでも政府は「子育ては自己責任」という空気を手放さない。 この矛盾の中で、私たち子育て世帯は静かに追い詰められている。

 私は、発達特性のある23歳の娘と、中度知的障害の21歳の娘を育ててきた。 教育費、療育、生活費、そして税負担。 どれも“努力すれば何とかなる”という次元ではなかった。

 子どもを二人育てるだけで家計が限界になる社会で、 どうして「少子化が自己責任」だと言えるのか。 これは、私の家庭の話であると同時に、 今の日本社会が抱える構造的な問題への問いでもある。

子どもを育てるということは、こんなにも「個人の努力」だけではどうにもならないのか

私には、23歳(発達障害の特性あり)と21歳(中度知的障害)の娘がいる。 上の娘は美容師見習いとして働いているが、職場でのいじめに泣かされる日もある。 下の娘は知的障害があり、B型就労施設に通っている。

夫の年収は「低くはないが、高くもない」。 それでも、娘二人を育てるにはお金が足りないことが何度もあった。

 

◆ 教育費の現実は、想像よりずっと重い

下の娘は障害があり、大学や専門学校に進学する選択肢がなかった。 本人はこう言った。

「普通の子なら、学校の先生になりたかった」

 その言葉を聞いたとき、胸が締めつけられた。

 上の娘を美容学校に通わせるだけでも、学費と道具代で約300万円。 夫がちょうど会社を辞めて退職金が出たから何とか払えたが、そうでなければ不可能だった。

 私自身は高卒、夫は国立高専卒(当時の学費は年間約20万円)。 「子どもにこんなにお金がかかる」なんて、若い頃は本当に知らなかった。

 

◆ 高校無償化があっても、実際には“無償ではない”

上の娘は都立高校の全日定時制だったため授業料はほぼ無料だった。 しかし、もし私立に進んでいたら、授業料だけで年間100万円。 「高校無償化」があっても、実際には全額はカバーされない。

つまり、制度があっても“現実の負担は重いまま”なのだ。

 

◆ 子ども二人を大学・専門学校に進学させるのは、普通の家庭でも難しい

もし二人とも健常で、大学や専門学校に行きたいと言っていたら—— 正直、どちらかを諦めさせるか、借金を背負わせるしかなかったと思う。

私の周りでも、 「子どもが私立に進学したから専業主婦をやめた」 という家庭が多い。 うちより収入が高い家庭でもそうだ。

子どもが三人いれば、なおさらだ。

 

◆ 税負担の重さと、子育て世代の“圧迫感”

日本の税・社会保険料負担は、所得の約40〜50%に達するケースがあると指摘されている(※国税庁・厚労省の制度に基づく一般的な試算)。 子育て世代は、

  • 教育費

  • 生活費

  • 税金

  • 社会保険料 これらが同時にのしかかる。

その一方で、 「支援が必要な家庭に十分な公的支援が届いていない」 という批判は、専門家やメディアでも繰り返し指摘されている。

 

◆ 外国人支援をめぐる“誤解と不満”の背景

ネット上では 「外国人は税金や学費が免除されている」 という声がよく見られる。

実際には、

  • 税金は在留外国人も日本人と同じ制度で課税されるが、彼らは資産を海外に隠す

  • 学費免除は“低所得世帯向けの制度”であり、国籍ではなく所得基準 という制度が基本になっている。しかし実際は、非常に穴だらけである。それは少し調べればわかること。

 「日本人の子育て支援より外国人支援のほうが手厚いのではないか」 という不満が生まれる背景には、 外国人が資産を隠すこと。そして政府が積極的に資産を調べないことがかかわっている。

 もちろん“日本人の子育て支援が十分ではない”という構造的問題 があると多くの専門家が指摘している。

 つまり、 「外国人が優遇されている」というより、 「外国人は税金逃れがいくらでもできる」「日本の子育て世帯への支援が弱すぎる」 という構造が不満を生んでいる。

 

◆ 子どもを産みたいのに産めない社会

 私は専業主婦を続けられたが、それは娘たちの療育のためで、働く余裕がなかった。 もし二人とも健常で、大学進学を希望していたら、 「産んだ人数に対して教育費が払えない」 という現実に直面していたと思う。

 共働きなら、子どもを育てる余裕はなかっただろう。そして子供たちに寄り添いたいのに、寄り添えないお母さんだってたくさんいる。

 子どもが好きで、もっと欲しかった。 でも、育てる余裕がない。

 これは私だけの話ではない。 日本の出生率が下がり続けている背景には、 「子どもを望んでも育てられない」 という構造的な問題があると、多くの研究者が指摘している。

 

◆ これは“個人の努力不足”ではなく、社会の仕組みの問題だ

 子育ては、親の努力だけではどうにもならない。 教育費、税負担、福祉制度、労働環境—— これらが複雑に絡み合い、子育て世帯を圧迫している。

 そして、 「このままでは若い世代が結婚も出産もできない」 という危機感は、専門家の間でも共有されている。

 私はただ、 「子どもを育てたい」と願う普通の家庭が、普通に育てられる社会になってほしい そう願っている。

 

◆ 最後に:これは“私の体験”であり、“社会への問い”です

 私は政治家ではないし、専門家でもない。 ただ、二人の娘を育ててきた一人の母として、 「この国の子育ての仕組みは、あまりにも親に負担を押しつけすぎている」 と感じている。

この文章は、 「誰が悪い」ではなく、「何が問題なのか」を考えるための問題提起 として書いた。

子どもを育てることが、これほどまでに“個人の覚悟”に依存している社会でいいのだろうか。

 税金を50%近くとり、国内外の外国人に日本人の税金をばらまく。

 そんな今の政府は「間違いなく史上最悪の政府だ」と言う声も多い。

 命をかけて政治を行う。それが政治家の本分ではないでしょうか