
1999年7月にメール募集サイトで出会った夫。
2000年2月に同棲を始めた日が、付き合い始めた日でもあった。
鍵を交換して一つの布団で、 「これからよろしくな」と彼が照れくさそうに笑ったあの瞬間、 私はこの先の未来が全部明るいものに見えていた。
ある夜、彼が眠ったあと、私はパソコンを開いた。 昔から文章を書くのが好きで、 ひっそりと文芸サイトを運営していた。
誰に頼まれたわけでもないのに、 言葉を並べると心が落ち着く。 その夜も、同棲初日の気持ちを静かに綴った。
翌朝、彼がその文章を見つけた。
「なにこれ」 画面を覗き込みながら、軽く笑う。
「昨日の気持ちを書いただけだよ」
と言うと、 彼は一瞬だけ眉をひそめて、 次の瞬間、吐き捨てるように言った。
「そんなたわごと書いて、何になるんだよ」
たわごと。 その言葉が落ちた瞬間、 胸の奥で、何かが静かに沈んだ。
怒りでも悲しみでもない。 ただ、温度がひとつ下がったような感覚。 湯気の立っていたカップが、 気づけば冷めていた、あの感じに似ていた。
私は笑ってごまかした。 何も言えなかった。書くことは私にとって「生きる」と言うことだから。彼の声が少し遠くに聞こえた。
その日から、彼の言葉は前より軽く聞こえるようになった。 同じ部屋にいるのに、 どこか別の場所にいるような距離が生まれた。
恋が終わるときって、 もっと劇的な音がすると思っていた。 喧嘩とか、裏切りとか、涙とか。 でも実際は、 こんなふうに静かに、 ひとつの言葉で、 すっと冷めてしまうものなのかもしれない。
それからしばらくして、 私は文芸サイトで書いた作品がきっかけで、 有名な小説家から事務所に誘われた。 雑誌にも書いた。ゴーストライターも受けた。
会社のレポートを手伝ってほしいと頼まれたこともあった。 私の言葉は、ちゃんと誰かに届いていた。
その話を彼にしたとき、 彼は少しだけ驚いた顔をして、「……すごいね」と言った。
あの時の「たわごと」は、 彼の中で静かに書き換えられたのかもしれない。
でも、私の中では違った。 あの朝の光の中で言われた一言が、 私の心の温度を決定的に変えてしまった。
今でも思う。 私はあの言葉を、静かに根に持っている。
彼の転職のとき、私の文章で給料を底上げして、 転職を成功させたことがあっても。
その後、結婚したとしても。
あの一言が、私の中の何かを確かに終わらせた。 そして同時に、 誰かの言葉を誰よりも大切にする“今の私”を生んだのだと思う。
あの一言が、今も心に残っているなら。
その痛みを、誰かに話してもいいのだと思います。
私は別の記事で、 心の温度を取り戻すための“第三者” について書きました。